未だに多いタイの行商ですが、僕はそこに「嫌われる勇気」の本質を見たような気がします。
さっき、たまたま通りかかった行商のタイ人はダンボールを売っていました。
ビックリと同時に僕はなぜか関心してしまったんですよね。
タイの行商
行商とは、その名の通り「行って商う」つまり自らが足を使ってモノ(サービスのときも)を売り歩く人のことを指します。
昔は日本にも多くいたようですが、戸別訪問を除いて最近では見ることはありません。
でもここタイでは、バンコクであってもまだまだ多くの行商の人が目立ちます。
そういった行商の大半が地方から出てきたタイ人や低所得者層が行っている場合がほとんどです。
外国人を狙ってタイのお土産を販売したり、煙草やガムなどを販売しています。
今朝、僕が見た行商はダンボールを売っていました。
行商のお爺さんは、杖を持ち明らかに食べるのに苦労をしている印象。
どっかから拾ってきたダンボールを2バーツで買わないかと一生懸命、僕に営業トークをしました。
何と言っているかは僕には全て理解はできませんが、コレだ!と僕は頭に雷が落ちるような思いでした。
恥を捨てれば飯は食える
人は「職を失う」あるいは「貧乏になる」ことをメチャメチャ恐れます。
僕も例外ではなく1バーツを使うのにも恐怖することがあります。
もし、収入や貯金が0円になったら僕はこのまま平然と生きていけるだろうか?
そんなことを考えるのです。
でも、今日の行商を見て「恥」を捨てれば死ぬことはないと確信しました。
何もダンボールを売りさばけば良いと思っているわけではなく、最悪の状況になっても生きていく術はいくらでもあると感じました。
僕のように恥を「とてつもなく」恐れる人は多い気がします。
例えば、サラリーマンで上司に気を使ってあんなことを言うと嫌われるんじゃないか?と心配している人。
商売を始めてみたはいいが、自分の商品に自身がなくて営業が出来ない人。
全て「とてつもない」恥に原因があるような気がします。
でも本質に立ち返ってみましょう。
サラリーマンの人であれば、上司に嫌われることと上司とのコミュニケーション不足でプロジェクトが遅れることのどちらがあってはならないことですか?
商売をしている人は、営業して人に嫌われることと家賃の遅延とどちらがあってはならないことですか?
なにも上司と喧嘩しろとか恐喝まがいの営業をしろとかいう話じゃありません。
1歩を踏み出す「勇気を持つ」ためには少しだけでも恥を捨てることだと感じました。
「嫌われる勇気」の本質
最近、巷を騒がせている本に「嫌われる勇気」というのがあります。
Amazonの人気書籍ランキングでも上位に付けていましたので知っている人も多いはず。
この書籍ではフロイト、ユングと並ぶ「心理学の三大巨頭」の一人アドラーの心理学を元に書かれています。
アドラーはこう言いました。
「全ての悩みは人間関係の悩みである。」
確かに今悩んでることって全て人間関係から来るものではありませんか?
僕は人から嫌われるのが恥ずかしいと思っています。
ずっと悩んでいましたが、これってやっぱり自分の人生を生きてないんですよね。
もちろん「嫌われる」とは好き勝手に生きるのとは違います。
さっきの行商のタイ老人の話もそうですが、ときには恥を捨てることが必要な場面も出てきます。
最もどうしても飯が食えないという状況になれば「嫌われること」など気にしている場合ではないですが。
でも、これって本当でしょうか?
そういった状況にならないと「嫌われる勇気を持てない」って誰が決めたんでしょう。
アドラー心理学には別名があります。
「勇気の心理学。」
危機的な状況に置かれたから勇気を出すのではなく、今、この瞬間から1歩踏み出してみませんか?
卵が先か鶏が先かと同じような話だと思うのです。
さいごに
朝の出来事は衝撃でした。
ダンボールを全く必要としていない僕に販売する行商のタイ老師。
その事象から僕が何を学んだか。
他人の人生ではなく僕自身の人生を「勇気を持って」一所懸命に生きていきたいものです。


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